群馬大学医学部整形外科教室

電話番号

 
シニアレジデントリレーブログ

年末:高瀬 亮太

2016年11月27日

今年も早いもので、気づくと11月下旬で年末が近づいてきております。

今年から整形外科のシニアレジデントとなり、周りの方々から日々様々なことを多く学んでおります。光陰矢の如しとはよく言ったもので、二度とは過ごせない充実した毎日があっという間に過ぎて行ってしまうのを感じております。

 

今回は、私が先日母校の中学校に卒業後初めて訪れた際に感じたことを、書きたいと思います。

上尾市にある上尾中学校出身の私は、小学校までやっていたサッカー部ではなく新しいことを始めようとバスケットボール部に入部しました。当時、厳しいことで有名な顧問の先生とミニバスケットボールを小学校時代からやっている上手な同級生と7人ほどで活動しておりました。

先日、母校の中学校のバスケ部に現在も顧問をしてらっしゃる当時の先生を通じて参加させて頂いた際、当時の体育館はきれいに改装されており様相は変わってしまっておりましたが、そこで一生懸命にバスケットボールをやっている中学生を見て当時の自分を少し重ねてしまいました。

当時は朝の始業前に一周400mの校庭を15周とダッシュ5本を毎朝するところから一日が始まっていました。夏は朝から汗びっしょりになるのが嫌で、冬は寒くてしょうがなく、朝練習はとても辛かった記憶があります。当時のチームは人数も少なかったためみんなで一丸となって練習しており、顧問の先生vs部員でよくまとまっていた気がします。バスケットボールは走れなければとにもかくにも勝つことなんてできないスポーツなので、毎日疲労困憊になるまで走らされ、夏には塩をなめながら水道水を飲み練習をしていたのを覚えております。

当時そんな練習をずっとさせられていたこともあり、先日先生に会った際も当時の恐かった記憶が鮮明に蘇ってきました。12年もたつと見た目はほとんど変わりませんが、何かものすごく優しくなったように感じました。何か怒られた時など、いつか絶対に見返してやる、自分のことを認めさせてやると心の底から思いながら先生をにらみつけていたことを思いだし、懐かしい気持ちと少し恥ずかしい気持ちになりました。中学校を卒業後も現在までバスケットボールというスポーツに興味を持ち続けてきたのも、その時の顧問の先生のおかげだと思います。

 

長々と自分の思い出話を書いてしまいましたが、スポーツを心から楽しいと思えたこと、辛いことを乗り越えた時ほど記憶に残る経験が待っていること、またそれらを共有できる人達を見つけられたことの良さを、母校に訪れたことで心の底から実感できたため書いてみました。

今年も終わりが近づいてきておりますが、過ぎていってしまった時間をしかと今後の糧にし、月並みな言葉かもしれませんがこれからの日々と周囲の人との一期一会を大切にしたいと思います。

 
 

topへ戻る